瀬戸窯元職人ことばプロジェクト
4年ゼミ生たちが、瀬戸赤津の窯元「喜多窯 霞仙」にて陶芸を体験するとともに、第12代当主加藤裕重先生より1300年の歴史をもつ瀬戸の焼き物文化について学び、集めた職人ことばを文化語彙辞典としてまとめるプロジェクトです。ゼミ生一人ひとりが霞仙さんで見つけたことばを語彙カードに記録し、写真と語釈を加えます。加藤先生監修のもと、2023年度には新たに8つの新語が加わりました。
瀬戸窯元文化語彙辞典
金城学院大学言語文化学ゼミ
いろみ[いろ-み]【イロミ】[名]
焼き物を焼く際に、窯の小窓に入れて焼き具合を見る。温度計がない時代にもいろみを用いて温度を調節できた。非常に小さいものではあるが、焼く工程に欠かすことの出来ないその存在感はとても大きい。(H.M, 2021)
うわぐすり[うわ-ぐすり]・ゆうやく[ゆう-やく]【釉薬】[名]
長石や灰、鉄分などを水に懸濁させた液体で、粘土を成形した器の表面にかける薬品。陶器の表面を覆っているガラス質の部分でさまざまな色がある。釉薬をかけることで作品の色が変わり、雰囲気の異なる作品ができる。(太田, 2021)
えごて[え-ごて]【柄ゴテ】[名]
器の内面に押しあてて形をつくる道具で、製品の形によってさまざまなものがある。手の入らない首の細長い容器には、柄の長いコテを使う。先にくびれをつけてあり、細い口からも出し入れしやすいように工夫されている。製品に合わせて職人さんが手作りする。(今井, 2021)
おりべゆう[おりべ-ゆう]【織部釉】[名]
酸化焼成することで緑色になる釉薬の一種。灰釉をベースに呈色剤として酸化銅を3-5%加えたものを指す。織部釉を使用した焼き物は美濃焼、京焼、清水焼、赤津焼などがある。焼けたばかりのときはうっすらとくもった色をしているが、栃渋(栃のかさを煮出した灰汁)に一昼夜漬けた後に水洗いし、二日間天日干しし布でこすると鈍い色の膜が取れて美しい緑色になる。(市川, 2021)
かざける[かざけ-る]【カザケル】[動]
制作中、目には見えないひびが入ること。広義には「失敗する」こと。土に空気が残っていると焼き物にひびが入ってしまう。かざけているかどうかは、指で弾いて打音で判断する。ベテランの職人が弟子に「これかざけとるから使えんわ」と指摘することもあり、弟子にとっては試練のことばである。(榎本, 2022)
かつら[かつら]【カツラ】[名]
急須などの蓋を乗せるためのでっぱりのことで、口の部分を内側に折り返して作る。一度の作業で蓋とかつらのサイズとぴったり合わせることは職人でも難しい。(阪部, 2022)
かまくそ[かま-くそ]【カマクソ】[名]
石炭窯など焼成後に残る石炭の燃えたカス。大きなものから破片ような小さなサイズまですべてを含む。「くそ」という言葉を使うところが瀬戸らしい。(落合, 2021)
かんにゅう[かん-にゅう]【貫入】[名]
陶器を水に浸した際に表面に現れる亀裂のような模様。陶器が焼かれた後の冷えていく過程で、陶器本体の素地と釉薬の収縮度の違いにより釉薬がヒビのような状態になって固まる現象である。あえてこの工程を経ることで古く趣のある器に見える。(今井, 2021)
かんぶろ[かん-ぶろ]【カンブロ・燗風呂】[名]
ロクロの横に置いてある温水の入った手桶。冬場に作業中の手を温めるために使う。材質は木材が一般的だがプラスチックの容器でも代用が可能。中には金属製の小さな煙突がついているものもあり、そこに炭を入れておくことで保温性を持続させられる。(内村, 2021)
きくねり[きく-ねり]【菊練り】[名]
粘土から空気を抜き硬さを整える作業。菊の花のような形になる。菊練りの修行はとても長く、職人の間で「菊練り3年ろくろ10年」ということばがあるくらい、難しく重要な作業。昔は弟子が菊練りを練習しながら、師匠の技を盗み見ることがよくあったそうだ。(古川, 2021)
くで[くで]【クデ・工出】[名]
削り細工の際に出る屑土や失敗した作品の粘土を泥状にして再生する前段階の廃物。「かんぶろ」に入れ、急須の取っ手などの細かい部品の接着剤としても用いる。粘土が作品に無駄なく使われることが素晴らしい。(酒井, 2022)
さくい[さく-い]【サクイ】[形]
土に砂っ気が多いこと。反対に「ねばい」とは、土がねばねばしていて粘り気が強いこと。職人は触ったり舐めたりすることでさくい土とねばい土を見分ける。土がさくければ、焼き目は粗くなり、ねばければ焼き目が詰まるためきめ細かくなる。→ねばい(松岡, 2023)
しっぴき[しっぴき]【シッピキ】[名]
ろくろ成形の終わったものをろくろから切り離すために用いる。細い糸であるのに、大きいな茶碗などを作る時もちゃんと切れていてとても驚いた。糸で粘土を切るので高い技術の必要な作業であると感じた。(太田, 2021)
すいがめ[すい-がめ]【水瓶】[名]
陶器を作る粘土の下準備の段階で、泥状の陶土を石膏や素焼きのカメに入れて水分を飛ばし程よい硬さにする道具のこと。水分を吸い取るという意味から生まれた言葉。(西脇, 2023)
すいひ[すい-ひ]【水簸】[名]
泥水をすいのう(ふるいのようなもの)に通して粘土質をこす。砂や石灰石などを取り除いて粒度を揃えきめの細かい土だけにする作業。この作業をすることによってさらさらで柔らかい土になり、ろくろ形成がしやすくなる。(深, 2023)
ずぶがけ/がばぬり[ずぶ-がけ]/[がば-ぬり]【ズブ掛け/がば塗り】[名]
形成後、素焼きを経た器には最終工程の本焼きの前に釉薬が塗られる。釉薬をつけることで表面がガラス質で覆われ色がつく。この釉薬の一般的な塗り方として「ズブ掛け(がば塗り)・刷毛塗り」の2つが挙げられる。「ズブ掛け」は、釉薬が入った容器に、どっぷりと器を浸す方法である。「刷毛塗り」は釉薬を刷毛(ブラシ)で塗っていく方法である。私は「ズブ掛け」を体験したが、これには高度な技術が必要とされ、内側まで均一に釉薬を浸すのが難しかった。(勝又, 2023)
すやくる[すやく-る]【スヤクル】[動]
手早いけれども雑な作業をすること。雑な作業をする人の仕事ぶりを「すやくり」とも言う。「すやくったらだめだよ」のように使う。雑な作業の結果粘土の中に空気が入った状態で素焼きをすると陶器が破裂して失敗してしまう。腕のよい職人になるためには、手早く正確な仕事をすることが求められる。(奥野, 2022)
せゆう[せ-ゆう]【施釉】[名]
焼き物に釉薬をかけること。釉薬はうわぐすりという意味があり、焼き物に釉薬を施すことで色艶、光沢などの味わいを出す。水漏れや汚れを防ぎ、硬度を強める効果もある。愛知県瀬戸市の赤津町で作られる赤津焼では、灰釉(かいゆう)・鉄釉(てつゆう)・織部(おりべ)・黄瀬戸(きぜと)・志野(しの)・御深井(おふけ)・古瀬戸(こぜと)という成分の異なった七つの釉薬を使い分けることで魅力的な色合いを作っている。(市川, 2021)
たいかれんが[たいか-れんが]【耐火煉瓦】[名]
窯の出入口を塞ぐために使われる。普通のレンガは粘土や泥を主原料として作られている。一方耐火煉瓦は耐熱温度に対応する成分が含まれている原料が使われている。窯の中は温度が1000度以上あり、熱が集中している。そのため、普通のレンガではなく耐火煉瓦が使われている。※写真は瀬戸蔵ミュージアムにて(森, 2021)
たたら[たたら]【タタラ】[名]
ワイヤーで薄く平たくスライスした粘土。この成形法を「タタラづくり」という。浅い皿や、カップの側面を成形するために使う。刀鍛冶の用語に日本古来の「たたら製鉄」があるが、焼き物用語との関連は不明。語源も不明。切断面にムラがなく美しい。(橘, 2021)
たたらじょうぎ[たたら-じょうぎ]【タタラ定規】[名]
タタラ(押し伸ばして板状に切った粘土)を作る際に、均等の厚さにするために用いる道具。文房具の定規と同じ役割を果たす。ろくろでは作れないような角型や不定形の製品を作るのに適している。(水野, 2021)
たないた[たな-いた]【棚板】[名]
窯の中で焼く際に使用する板。窯の中で複数の焼き物を積み木のように積む際に使用し、ツクとともに使用する。別名エブタとも呼ばれる。(川崎, 2021)
つく[つく]【ツク】[名]
窯の中で焼く際に使用する支柱。窯の中で複数の焼き物を積み木のように積む際に使用し、タナイタとともに使用する。L字のようなものがあった。(川崎, 2021)
つちころし[つち-ころし]【土殺し】[名]
ろくろの上で粘土を引き上げたり、下げたりして粘土の質や密度を均一にする作業。粘土をろくろの中心に据え、菊練りでできた捻じれの癖をとる。歪や傷の防止になり、その後の作業のしやすさと完成度に大きく影響する大切な工程。(吉岡, 2022)
てつゆう[てつ-ゆう]【鉄釉】[名]
表面を黒く頑丈に仕上げるための釉を用いて作られた陶磁器を指す。釉に含まれる鉄分により黒くなる。金属感のあるシンプルな作りをしており、高級感がある。和食は勿論のこと、洋食など様々な料理にも合わせやすい、一つ買ったら重宝するお財布に優しい器だ。(古川, 2021)
とーすかん[とーすかん]【トースカン】[名]
作品の高さを図り、希望の高さに線を引いたり印をつけたりするもの。同じ作品をいくつか作る際に重宝する。(内村, 2021)
とちしぶ[とち-しぶ]【栃渋】[名]
どんぐりの笠が入った水。これに焼き物を漬け込むことを「渋につける」という。渋につけることによって、使い込んだ感を出す。新品の良さとはまた違った、味のある品物へと変化していくのがおもろい。(H.M, 2021)
どばい[ど-ばい]【土灰】[名]
雑木を燃やした灰。あく抜きして釉薬の溶媒剤として使われる。昔は竈(くど)で燃やした薪の灰ということで「くどばい」と呼んだことから転じたと思われる。酸化炎焼成(さんかえんしょうせい)ではやや黄色く仕上がり、還元炎焼成(かんげんえんしょうせい)では不透明な青緑色に発色する。触った感じはサラサラで、温度によって出来上がる色が異なるのは大変面白いと思った。(S, 2023)
とんぼ[とんぼ]【トンボ】[名]
ろくろ成形の際に、器の深さや直径を測るために用いる道具。竹で簡易的にできている。同じ大きさの作品をたくさん作る際に便利である。幼少期に私達が遊んでいた竹とんぼと見た目がほぼ同じである。(水野, 2021)
ねばい[ねば-い]【ネバイ】[形]
土がねばねばしていて粘り気が強いこと。反対に「さくい」とは、土に砂っ気が多いこと。職人は触ったり舐めたりすることでさくい土とねばい土を見分ける。土がさくければ、焼き目は粗くなり、ねばければ焼き目が詰まるためきめ細かくなる。瀬戸焼に使われている土は「ねばい」ことで知られている。ねばい土は手にしっかりと纏わりつく。まるで土ではないような感覚で、肌にも良さそうだと感じるほどであった。→さくい(松岡, 2023)
ひいろがでる[ひ-いろ]【緋色が出る】[動]
陶器を焼いた後、偶然、やや黄色味のある赤茶色が出ることをいう。ひいろがでると味が出て良い。昔ながらの薪を使った窯の方が出現しやすいので好まれる。信楽焼を舞台にしたNHKの朝ドラ「スカーレット」はこの緋色のことである。(井上, 2023)
ふくろもの[ふくろ-もの]【袋物】[名]
ポットなど内部が空洞(袋状)になった状態の焼き物の製品。対比する言葉として「動力物」(ロクロ成形でつくられた皿・鉢類)という言葉がある。口が細いものが多く、ツボのような形状をしている。(落合, 2021)
ぼうびき[ぼう-びき]【棒挽き】[名]
作品ひとつ分の土を用意するのではなく、ろくろに大きな塊の土を乗せて一度に複数の作品を作ること。上の方から順に使って形を作る。その都度土を補充するよりも効率がよい。一度にひとつ作ることを「いっこびき」と言う。(伊藤, 2022)
ねことらまえ[ねこ-とらま-え]【猫捕らまえ】[名]
様々な種類の釉薬(ゆうやく)を作り上げるために何度も原料を試しながら調合すること。猫を捕まえようとしても逃げてしまい、うまく捕まえることができないように、原料の調合も1度で成功することは難しい。化学が発達していなかった時代には、何度も試行錯誤して土が作られていた。動物の名前が入っていることで、慣用句のような響きを感じる。(山本, 2023)
ゆうはがしき[ゆう-はが-し-き]【釉はがし機】[名]
作品に釉薬を付けたときに、不用になる釉薬が発生する。これはその釉薬をはがすための機械。一般的に、棚板に接する部分には釉薬を付けないが、接する部分に釉薬を付けてしまったときに使う。釉薬を剝がさないと、作品を焼いた後に棚板に作品が付着してしまう。※写真は瀬戸蔵ミュージアムより (森, 2021)
ゆみ[ゆみ]【弓】[名]
針金でできた道具で、粘土を切るために使う(古くは竹を削って曲げて作っていたが、今は針金で作ることが多い)。成形するときに、口縁部をまっすぐに切り、高さを揃えたり、画取りするのに使う。矢を放つ弓のような形をしている。(義本, 2022)
よう[よ-う]【酔う】[動]
陶器を高温で焼いた際、焼きが甘く本来目指した色ではなくピンク色などのムラが出ること。意図的に出せる色ではないため、酔った陶器は希少価値が高いものである。窯変として希少性を貴ぶこともあるが、ピンク色の反応がでた陶器を失敗した欠陥品と思われてしまうこともあるそうだ。(廣瀬, 2023)